こんにちは。たかです。
今回は、歩き遍路 3日目の体験談を紹介します。
この記事では、歩き遍路3日目(藤井寺〜焼山寺)のルート・難易度・注意点を、実体験ベースで解説します。
・遍路ころがしはどれくらいきついのか?
・初心者でも歩けるのか?
・どこで泊まるべきか?
これらを知りたい方に向けた内容です。
歩き遍路3日目のルートと行程表【徳島11〜12番】
ルート
行程表
| 地点 | 名称(Googleマップ) | 前地点からの距離 km | 歩き時間 hr |
| A | 善根宿 鴨島温泉 | ||
| B | 11番 藤井寺(MAP) | 2.0 | 0.5 |
| C | 端山休憩所 | 1.0 | 0.3 |
| D | 長戸庵 | 2.2 | 1.2 |
| E | 柳水庵 | 3.4 | 1.2 |
| F | 12番 焼山寺(MAP) | 6.3 | 3.0 |
| G | 左右内 おへんろ駅 | 3.4 | 1.5 |
| H | 神山へんろ小屋 | 3.4 | 1.3 |
| I | 野宿 阿弥陀堂 | 3.0 | 1.0 |
合計:約25km
体力に自信のない方は、中間地点の柳水庵で野宿するルートがおすすめです。
焼山寺には宿坊があり、事前予約をすれば利用できます。
また、左右内まで進めば宿もあるため、状況に応じて宿泊場所を選ぶことができます。
3日目のプラン:12番 焼山寺と宿泊予定地
4月27日 晴れ。今日も天候に恵まれた。
6時に宿を出発。昨晩話した70代の男性は、すでに先に出発していなかった。他の宿泊者はまだ眠っているようで、起こさないよう静かに身支度を整え、そっと宿を後にする。
今日は、最初の難所といわれる「遍路ころがし」、12番焼山寺を目指す一日。道中での野宿も視野に入れ、昨日のうちにコンビニで食料を多めに買い込んでおいた。朝食、夕食、そして翌朝分までとなると荷物はそれなりの重さになるが、こればかりは仕方がない。
足の痛みは、昨日よりだいぶ和らいでいる。温泉でしっかり温まったことと、念入りにマッサージしたのが効いたようだ。ただし油断は禁物。無理はせず、焦らず、一歩一歩を大事に進んでいく。

3日目以降の宿泊予定地
今日からは、あらかじめ宿泊先を決めていない。
自分の歩くペースや体調と相談しながら、無理はせず、それでも歩けるところまで進み、その日の状況に応じて宿を決めていくつもりだ。そのため、野宿にも対応できるように、テントとシュラフを持参した。
道中の簡易休憩所では、野宿ができるスポットや善根宿、格安で泊まれる宿をまとめた一覧表が手に入る。私もそれを入手し、参考にしながら、その日の宿泊先を柔軟に選んでいこうと思う。
まずは、11番藤井寺を目指す。
11番 藤井寺に到着:早朝の参拝
早朝の藤井寺には、数名の参拝客と地元の方らしき人の姿があった。
「おはようございます」軽くあいさつを交わす。
私もお堂へと向かい、静かに手を合わせる。
無事に焼山寺へたどり着けますように――そう心の中でそっと祈った。

藤井寺の歴史
藤井寺は、吉野川南岸の山麓に位置する第11番札所で、弘仁6年(815年)、弘法大師がこの地で護摩修法を行ったことに始まる。寺名は、大師が堂前に五色の藤を植えたことに由来する。
また、次の焼山寺へ続く遍路道は険しい山道として知られ、往時の巡礼路の姿を今に伝えている。
見どころ
- 藤の古木
- 雲龍の天井画
- 遍路ころがし(焼山寺まで約13kmの難所)
自然と修行の歴史が色濃く残る、遍路の重要な拠点である。
時刻は7時。12番焼山寺を目指す:最初の難所「遍路ころがし」とは

藤井寺で軽く朝食を済ませ、いよいよ焼山寺への参道へと入る。参道の入口は藤井寺の境内にあり、ここから本格的な山道が始まる。
焼山寺へと続く道は、遍路が始まったとされる1200年前とほとんど変わらない、当時のままの姿を残している。まるで時代を遡ったかのような感覚に包まれ、同じ道を歩いた先人たちの息遣いを感じる。
歩き遍路を始めてから、初めて迎える本格的な山道ルート。初期特有の足の痛みも重なり、ここでリタイアしてしまう人も少なくないという。
登山に慣れている人にとっては、ちょうどいい負荷かもしれない。だが、山歩きの経験がほとんどない私にとっては、まさに未知の領域。自然の中へ踏み込んだ瞬間、思わず緊張が走る。
それでも、ここまで来た以上、引き返すという選択肢はない。
後ろは振り返らず、小さな決意を胸に抱き、私は静かに遍路道へと足を踏み入れた。
焼山寺の遍路ころがしとは
- 急勾配の山道が長く続き、体力を大きく消耗する区間
- 「転がるほどきつい」ことから“遍路ころがし”と呼ばれる
- 四国遍路の“最初の本格的な試練”とされる
焼山寺の標高と“体感のきつさ”
藤井寺から焼山寺までは約13kmです。
道中で湧き水はいくつかありますが、食料を確保できる場所はありません。
12番焼山寺の標高は約700mですが、遍路道は単純な登りではありません。
11番藤井寺(約50m)からの標高差は約650mほど。しかし実際の道は、登っては下り、また登るアップダウンの連続です。
そのため、実際に足で稼ぐ「累積標高差」はおよそ1,000mほどにもなります。
焼山寺の遍路ころがしは、「距離 × 標高差 × 補給の難しさ」が重なる、歩き遍路最初の大きな壁。
ただし、無理せずペース配分を守れば、初心者でも十分に乗り越えられるルートです。
初心者は、柳水庵で野宿するプランがおすすめです。
柳水庵は、6畳ほどの小屋があり、休むには十分なスペースがあります。さらに湧き水があるため水分補給も可能で、トイレも整備されています。
距離的にもルートのちょうど中間地点に位置しており、行程を無理なく分けられる点でも安心です。初めて焼山寺を目指す場合には、体力的・心理的な負担を軽減できる選択肢といえるでしょう。
焼山寺参道を歩いた体験:1200年続く「空海の道」
端山休憩所に到着。

一気に約200mを登りきり、最初の休憩地点でひと息つく。
時間にすればわずか15分ほどだが、10kg以上のリュックを背負っての初めての山道は、やはり想像以上にきつい。
水も限られているため、一度に飲まず、少しずつ口に含むようにする。
「これが続くのか……大変だぞ」
そんな言葉を、心の中でそっとつぶやいた。
翌朝分までの食料を詰め込んだせいか、リュックの重みが肩にじわじわと響いてくる。歩くたびに揺れるのも気になり、「リュックがぶれないようにしよう」と意識する。
胸元のバックルを少しきつめに締めてみる。するとリュックが背中にしっかりと固定され、無駄な揺れが減って歩きやすくなった。
意外と歩きやすい山道
当時の人々の想いに思いを馳せながら、一歩一歩、静かに歩みを進めていく。

足の痛みは思っていたほどではなかった。むしろ歩きやすい。「地面の硬さがここまで影響するのか」と実感する。
ときおり現れる、なだらかな下り坂。足元は土でやわらかく、クッションのように衝撃を和らげてくれる。歩きやすさに思わずペースも上がり、気持ちもふっと軽くなる。
ただし、気が緩んで足を踏み外し、怪我でもしたら大変だ。そこは常に慎重に進む必要がある。
アスファルトの上を歩くことが、いかに足に負担をかけているのか、身をもって理解した。
後日談:旅慣れたお遍路さんとの出会い
その後に出会ったお遍路さんの中に、トレッキングに慣れている方がいた。
だがその方でさえ、「遍路の方がきつい。ほとんどがアスファルトの道だから」と話していた。
さらにその方は、高知県の約200kmにもおよぶ沿岸ルートは、バスを利用するという。無理をせず、自分に合った方法を選んでいるのだ。
ストイックな読者の中には、「歩き遍路なのに車やバスを使うのは反則では?」と感じる人もいるかもしれない。
だが、それは半分正解で、半分は違うのだと思う。
遍路道はひとつではない。歩き方に決まりもない。
お遍路さんの数だけ、それぞれの遍路道がある。
そう実感させられた、印象的な一場面だった。
8時30分:長戸庵に到着

時刻は8時30分。長戸庵に到着した。標高は約440m、距離にして3.2km。
歩き始めてからおよそ1時間半――順調なペースだ。ここで少し休憩。
気候には本当に恵まれている。遍路を春にスタートして良かったと、心から感じた。初心者には、まず春から始めるのがおすすめだ。
私は区切り打ちで、春夏秋冬すべての季節を歩いた。それぞれに、その季節ならではの良さや厳しさがあるが、初めてならやはり春が一番バランスがいい。
朝の山は少し冷え込んでいたが、登り始めて日差しが差し込んでくると、すぐに体が温まり、汗ばむほどになる。白装束の下に着ていた長袖のインナーを脱ぎ、体温を調整した。
長戸庵を出て15分ほど歩いた頃、ふいに視界が開けた。
「もうこんな山奥まで来ているのか」と思わず立ち止まる。
奥に見えるのは、昨日渡った吉野川だろうか。
単調になりがちな山道は、景色の変化が少なく、どれだけ進んだのか実感しにくい。それでも確実に前へ進み、焼山寺へと近づいている。
そうはっきり感じさせてくれる景色だった。

トレイルランニングをしている男性との出会い
後ろから、小刻みな足音が近づいてくるのを感じた。そして次の瞬間、私を追い抜いていったのは、トレイルランニングをしている男性だった。
「こんな場所でトレーニングをしているのか」――ここまでの道のりを思い返すと、その過酷さがよく分かるだけに、思わず驚かされる。
それから30分ほど歩いた頃、今度はその男性が走って戻ってきた。表情は険しく、呼吸も今にも倒れそうなほど荒い。それでも、すれ違いざまに軽く腕を上げ、「頑張って」と合図を送ってくる。
私も小さく頷き、「うん」と応える。
遍路道では、本当にさまざまな出会いと体験がある。
浄蓮庵・左右内の一本杉
焼山寺へと続く遍路道の途中、静かな山中に佇むのが浄蓮庵と「左右内(そうち)の一本杉」です。人の気配も少ないこの場所は、遍路道の中でも特に神秘的な空気に包まれています。
一本杉は、その名の通りひときわ目を引く大きな杉の木で、長い年月をかけてこの地に根を張り、遍路たちの行き交う姿を見守ってきました。周囲の静けさと相まって、どこか神聖な雰囲気を感じさせます。
浄蓮庵は小さなお堂ながら、歩き遍路にとってはひと息つける貴重な場所でもあります。厳しい山道の途中で、このような場所に出会うと、不思議と心が落ち着き、気持ちを整えることができます。

11時30分:もう今朝いた町は見えない
時刻は11時30分。参道を歩き始めてから4時間半が経った。自分がいまどこにいるのか、正確には分からない。
今朝までいた町の風景はすっかり消え、眼下に広がるのはただ山の景色だけだった。

徳島県はすだちの産地として有名だ。これはすだちの木だろうか。山の斜面を利用した柑橘系の畑が、あたり一面に広がっている。

こんな山奥に建物がある。空き家だろうか。人の気配はまったく感じられない。
鐘の音?寺は近い:最後の上り坂
「いつまで続くんだ……」
何度も繰り返されるアップダウン。登っては下り、また登る。そのたびに体力は削られ、疲労は限界に近づいていく。気づけば息も荒くなっていた。

そんなとき――「ゴーン」と、どこからか鐘の音が響いてきた。寺が近い。そう思った瞬間、失いかけていた気力がふっと戻ってくる。
最後に立ちはだかったのは、まるで壁のような急斜面。それをなんとか登り切り、ついに焼山寺へとたどり着いた。
12番 焼山寺:12時50分到着
12時50分、焼山寺に到着。藤井寺からおよそ6時間の道のりだった。境内には多くの参拝客の姿がある。
車で来たのだろうか、「歩いて登ってきたの?」――そんな驚きの視線を感じながら、ゆっくりと境内へ足を踏み入れる。
まずはリュックを下ろし、ベンチに腰をかける。張り詰めていた緊張がふっとほどけ、ようやく安堵の時間が訪れた。
境内には、歩き遍路と思われる数名のお遍路さんの姿があった。
皆、疲労の色をにじませながらも、最初の難所を越えた安堵の表情を浮かべている。

焼山寺の歴史
焼山寺は標高938mの焼山寺山の8合目付近に位置する、四国霊場で2番目に高い山岳札所で、「遍路ころがし」と呼ばれる難所の一つとして知られる修行の霊場である。
起源は飛鳥時代。山には火を吐く大蛇が棲み人々を苦しめていたが、弘法大師が訪れ、祈祷によって虚空蔵菩薩の加護のもと岩窟に封じ込めたと伝えられる。この伝説から「焼山寺」の名が付けられた。
のちに後醍醐天皇の勅願所ともなり、現在も境内には樹齢数百年の杉が立ち並ぶ厳かな霊場となっている。

見どころ
- 三面大黒天
- 杖杉庵
- 神山町(周辺地域):梅やスダチの産地
険しい道のりの先にある、まさに「修行の寺」といえる札所である。
後日談:様々なお遍路さんの焼山寺の体験談
後日談になるが、歩き遍路を続けていると、多くのお遍路さんと話す機会がある。その中でよく話題に上がるのが、この焼山寺参道の体験だ。
「どうやって乗り越えたか」という話になることが多いが、実際には、私と同じように「思ったほどでもなかった」という声も意外と多い。むしろ、土の道が足への負担を和らげてくれて歩きやすかった、という意見もよく聞く。
一方で、「20番鶴林寺の参道の方がきつかった」とか、「24番最御崎寺へ向かう室戸岬の沿岸ルート、あの長い70kmの道の方が精神的にこたえた」など、感じ方は人それぞれだ。
また、柳水庵で野宿するルートを選ぶと比較的楽だった、という体験談も多い。どこで区切るかによって、難易度の感じ方は大きく変わるのだろう。
さらに、天候の影響も大きい。あるお遍路さんは土砂降りの雨の中で歩き、非常につらい思いをしたと話していた。逆に、真冬に歩いた人の話では、柳水庵には毛布も用意されており、しっかりと装備を整えていれば問題なく野宿できるとのことだった。
同じ道でも、条件や選択によって、その印象は大きく変わる――そんなことを実感させられるエピソードばかりだ。
時刻は13時30分:昼食をとり次の目的地への準備
参拝を終え、昨日コンビニで買っておいた弁当を食べる。焼山寺には自販機があるため、飲み物はここで補充できるのがありがたい。
その中で、缶に入ったカロリーメイトのドリンクが珍しく感じられ、1本購入した。後になって、この飲み物に助けられることになるとは、この時はまだ思っていなかった。
時刻は13時30分。少しでも次の13番・大日寺に近い場所で宿泊できる地点を目指し、再び歩き出した。
本日の宿泊地を目指す:最後の遍路ころがし
焼山寺を出発すると、しばらくは下りが続く。
下りは登りより楽だと思いがちだが、むしろ注意が必要だ。
重い荷物を背負った状態での下りは、膝への負担が大きくなる。
杖をうまく使い、体重を分散させながら、一歩ずつ衝撃を和らげていくことで負担を軽減していく。

のどかな下り坂が続く

木に隠れた道しるべも要チェック
杖杉庵(じょうしんあん)
焼山寺から下山して約2kmほどの場所にある杖杉庵は、衛門三郎(えもんさぶろう)にゆかりのある霊地として知られています。
平安時代、伊予の人・衛門三郎は、弘法大師に対する無礼を悔い、その後を追って遍路の旅に出たと伝えられています。何度も巡礼を重ね、21回目の途中、焼山寺近くで力尽きて倒れました。弘法大師がその最期を見届け、手にしていた杖を墓標として地に立てたところ、それが根付き杉の大木になったという伝説が残っています。
静かな山あいに佇む小さなお堂ですが、長い歴史と信仰が重なり合い、歩き遍路にとって心を整える重要な立ち寄りポイントとなっています。

更に下り続ける
15時、左右内のおへんろ駅に到着。標高は約240mほどで、焼山寺からおよそ450m一気に下ってきた地点にあたる。

ここでしばし休憩。地元の方によるお接待の催しが行われており、お茶とミカンをいただく。歩き続けてきた身体に、そのやさしさが染み渡る。
このあたりには宿もあるため、ここで一泊するプランも現実的でおすすめです。だが私はまだ歩けると判断し、そのまま先を目指すことにした。

焼山寺参道:最後の難所玉ヶ峠へ
玉ヶ峠は標高約455mで、左右内からおよそ200mほど一気に登ることになる。距離は約2kmと短いものの、その分勾配はかなり急で、体力を削る上り坂だ。
半日以上にわたって山道を歩き続けてきたこともあり、終盤はかなり厳しい。それでも、ここを越えれば大きな難所は終わる。そう自分に言い聞かせ、最後の力を振り絞って一歩ずつ登り切った。
神山へんろ小屋で小休憩
時刻は16時20分。難所はすでに越え、あとは今日の宿泊先を目指すのみとなった。
ここ神山にはへんろ小屋があり、野宿もしやすい環境が整っている。高台からの景色も良く、まさに絶好の休憩ポイントだ。近くのベンチでは地元のおばあさん2人が談笑していた。
挨拶を交わすと、「あそこの遍路小屋で泊まれるよ。たくさんのお遍路さんが利用しているよ」と親切に教えてくれる。
地図を広げ、道中で手に入れた野宿スポットのリストを確認する。ここで野宿する選択肢も頭をよぎったが、今日はまだ進めそうだと判断した。この先の阿弥陀堂までは行ける。
そう決めて、再び歩き出した。

神山地区からは、鮎食川(あゆくいがわ)が望める。徳島県神山町を流れる吉野川水系の小さな川の一つで、歩き遍路(特に焼山寺周辺ルート)で通過することで知られる場所です。
「鮎を食べる川」という意味の通り、かつては鮎が多く遡上し、生活や食文化と深く関わっていたことからこの名が付いたとされています。

西日を背に受ける。日が暮れる前に目的地に向かおう。
17時:本日の野宿場所、阿弥陀堂に到着
17時すぎ、阿弥陀堂に到着。本日の行程は無事に終わった。
リュックを下ろし、靴を脱ぐ。足の痛みは昨日よりはいくらか和らいでいるものの、赤く腫れているのが分かる。
今回の遍路ではじめてテントを広げる。お堂の軒下であれば、急な雨が降っても安心できる。地面に直接寝るよりも、はるかに快適だ。
昨日買い込んでおいた食料もまだ残っている。それを口にしながら、今日一日の行程を静かに振り返った。

地元の方が教えてくれた同行二人とお接待
しばらくすると、地元のおじいさんが散歩の途中で通りかかった。挨拶を交わす。
「そこで泊まっているお遍路さんはよくいますよ。どうぞ泊まっていってください」
そう声をかけてくれた。こちらも「ありがとうございます」と深くお辞儀を返す。
お接待という文化に、少しずつ直接触れるようになってきた。お遍路は決して“自由に歩く旅”というだけではなく、「歩かせてもらっている旅」なのだと感じる。
同行二人。弘法大師がお遍路さん一人ひとりに宿り、見守り、そして地域の人々へご利益が巡っていく――そんな世界観が、少しずつ現実のものとして見えてきた瞬間だった。
まとめ|歩き遍路3日目(藤井寺〜焼山寺)
✔ 本日のルート概要
・距離:約25km
・所要時間:約10〜11時間
・区間:11番 藤井寺 → 12番 焼山寺 → 神山周辺
・特徴:山岳ルート(遍路ころがし)
✔ 難易度評価
・総合難易度:★★★★☆(4/5)
・体力消耗:★★★★★
・技術難易度:★★☆☆☆(道は分かりやすい)
・精神的負担:★★★★☆
✔ このルートのポイント
・歩き遍路最初の本格的な難所
・距離+標高差+補給不可のトリプル負荷
・累積標高差は約1,000m前後
・土の道は歩きやすいが油断は禁物
✔ 初心者への結論
→ 無理せず「柳水庵で1泊」に分割するのがベスト
→ 一日で踏破する場合は体力・装備ともに十分な準備が必要
✔ 宿泊の選択肢
・柳水庵(中間地点・野宿向き)
・焼山寺 宿坊(事前予約)
・左右内周辺の宿
・神山へんろ小屋・阿弥陀堂(野宿)
✔ 注意点(超重要)
・食料は事前準備必須(道中購入不可)
・水は余裕を持って携行
・電波が届かない区間あり
・下りは膝への負担が大きい
✔ 持ち物チェック
・水:最低1.5〜2L
・行動食(カロリー補給できるもの)
・トレッキングシューズ
・レインウェア
・モバイルバッテリー
・ライト(野宿想定なら必須)
✔ 総評
焼山寺ルートは、歩き遍路における“最初の試練”です。
決して楽ではありませんが、ペース配分と準備を整えれば、初心者でも十分に歩き切ることができます。
この難所を越えた経験は、その後の遍路に大きな自信を与えてくれるはずです。
よくあるFAQ:焼山寺参道(遍路ころがし)
- Q遍路ころがしとは何ですか?
- A
遍路ころがしとは、四国遍路の中でも特に険しく、体力を大きく消耗する難所のことを指します。急な登りや長い山道が続き、「あまりのきつさに転がり落ちそうになる」ことから、この名前で呼ばれるようになりました。焼山寺や鶴林寺、太龍寺などが代表的な区間で、歩き遍路にとって大きな試練となるルートです。
- Q遍路ころがしはどこにありますか?
- A
「遍路ころがし」と呼ばれる難所は、焼山寺だけではありません。四国遍路にはいくつもの試練となる区間が存在します。
- 12番 焼山寺:最初の難関。長距離+標高差で初心者の壁
- 20番 鶴林寺〜21番 太龍寺:急登と登り返しが続く体力勝負の区間
- 24番 最御崎寺:高低差はないが、室戸岬ルート距離(約70km)がきつい
- 60番 横峰寺:長い登りが続き、じわじわ体力を削られる
それぞれ異なる厳しさがありますが、共通しているのは「体力と精神力を試される区間」であること。焼山寺はその中でも“最初の試練”とされ、ここを越えることで本格的な歩き遍路の始まりを実感する人も多いです。
- Q道中で食料は確保できますか?
- A
湧き水は数か所ありますが、食料を手に入れられる場所はありません。あらかじめ準備しておく必要があります。
- Q野宿はできますか?
- A
はい、可能です。中間地点にある柳水庵には、6畳ほどの小屋があり、水やトイレも利用できるため、多くのお遍路さんが野宿場所として利用しています。
- Q装備を教えて下さい。
- A
苔むした石段や枯れ葉で滑りやすい箇所があるため、トレッキングシューズの着用がおすすめです。体重を分散できる杖もあると歩きやすくなります。野宿を予定している場合は、寝袋や断熱シート、小型のLEDライトを用意しておくと安心です。
- Qトイレはありますか?
- A
はい。中間地点の柳水庵にあります。
- Q女性でも歩けますか?
- A
はい。体力に自信が無い場合は、中間地点の柳水庵で1泊するルートがおすすめです。
- Q猛獣はでませんか?
- A
熊は出ませんが、イノシシを見かけることはあります。遭遇した場合は刺激を与えず、落ち着いて行動しましょう。万が一向かってきた場合は、背を向けずに杖を前に構えて距離を保つのが基本です。
また、季節によってはマムシや蜂が出ることもあります。藪の中は避け、肌の露出を控えることが大切です。特にマムシ対策として、半ズボンは避けた方が安心です。
- Q道に迷わないか心配です。
- A
焼山寺の参道は、有志の方によって整備されており、多くのお遍路さんが歩いているため、基本的に迷うようなポイントはありません。1200年前の面影を残す道を安心して歩くことができます。
- Qスマートフォンは使えますか?
- A
道中には電波が届かないエリアもあります。事前に地図をダウンロードしておくなど、オフラインでも対応できる準備をしておくと安心です。
- Q焼山寺参道は自転車でも行けますか?
- A
上級者以外、止めた方が無難です。

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