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歩き遍路5日目|徳島18〜20番ルートと鶴林寺の難易度・雨の危険体験を解説

こんにちは。たかです。
今回は、歩き遍路 5日目の体験談を紹介します。

歩き遍路5日目は、これまでで最も過酷な1日となりました。

徳島18番恩山寺から20番鶴林寺までは、一見すると約30kmの通常ルートですが、実際には天候・山道・標高差が重なり、想像以上に体力を消耗します。

この記事では、実際に歩いた体験をもとに
・ルートと行程
・鶴林寺(遍路ころがし)の難易度
・雨の日のリスクと対策

を分かりやすく解説します。

これから歩き遍路に挑戦する方は、ぜひ参考にしてください。

歩き遍路5日目のルートと行程表【徳島18〜20番】

ルート

行程表

地点名称(Googleマップ)前地点からの距離 km歩き時間 hr
A野宿 八万温泉
B18番 恩山寺(MAP10.03.3
C19番 立江寺(MAP4.01.7
D道の駅 ひなの里かつうら9.53.5
E20番 鶴林寺(MAP3.61.5
F野宿 大井休憩所2.51

合計:約30km

5日目のプラン:18~21番と宿泊予定地

4月29日。天気は昨日に引き続き雨。
5時に起床。5日目に入り、早寝早起きの生活リズムにも少しずつ慣れてきた。

歩き遍路で野宿が中心になると、日が落ちればやることはほとんどない。
疲れもあって、20時頃には自然と眠りにつく日々だ。
体もだいぶこの生活に順応してきたように感じる。

今日は難所として知られる20番・鶴林寺と21番・太龍寺を目指す。
山に入るころには、雨が上がってくれるといいのだが──。

鶴林寺〜太龍寺は遍路道屈指の難所:高低差1,000mの「遍路ころがし」

20番・鶴林寺と21番・太龍寺は、いずれも「遍路ころがし」と呼ばれる難所で、歩き遍路の中でも特に厳しい区間である。鶴林寺は標高約500mまでの急登が続き、一気に体力を消耗するのが特徴。

さらに、鶴林寺から太龍寺までは、那賀川の谷間へ標高50m付近まで一気に下り、そこから再び標高約520mまで登り返すルートとなる。総高低差は約1,000mにもなり、遍路道の中でも屈指の難易度を誇る区間だ。特に雨天時は足場が滑りやすく危険度も増し、体力だけでなく慎重な歩行が求められる。まさに修行のような道のりである。

宿泊予定地は未定。

悪天候に加え、後半の行程はかなり厳しくなることが予想される。そのため、あらかじめ宿を決めず、道中の状況を見ながら柔軟に判断していくことにした。

5時30分:18番 恩山寺に向けて八万温泉を出発

八万温泉は、徳島県徳島市八万町に位置する日帰り温泉施設です。
地蔵越えルートの先、眉山の南東エリアにあります。

しばらく南下すると園瀬川が見えてきます。川沿いに進むと国道55号線に出るため、そのまま南を目指します。

靴やレインコートは昨日の雨でまだ湿ったままだった。水分を含んで重くなり、少し歩いただけで負担が増していることが分かった。

ガードレールに貼られた道しるべ|恩山寺を示す

露ヶ本遍路休憩所で休憩

国道55号線を南下していると、大きな橋を通過する。さらにその先には鉄道の陸橋が現れる。

陸橋を渡りきったすぐの場所に、休憩所を発見し思わず飛び込む。
体力的にはまだ余裕はあるが、ずぶ濡れの状態にさすがに一度休みたくなった。

レインコートは着ているものの、朝から強い雨に打たれ続け、じわじわと浸水。気づけば白装束までしっかり濡れてしまっていた。靴の中も完全にびしょびしょで、歩くたびに水が溜まっている感触が伝わってくる。

露ヶ本遍路休憩所で雨宿り

野宿もできそうな休憩所だが、目の前の国道は交通量が激しく、利用する際は注意が必要だ。

雨を受け入れたとき、すべてが変わった:遍路で感じた不思議な瞬間

雨は次第に強さを増し、風も出てきた。正面から雨粒を受けながら、笠が飛ばされないようにやや下を向いて歩く。
正直、頭の中は「不快だ」「つらい」「足が痛い」といったネガティブな感情でいっぱいだった。

そんなとき、遠くに一人の歩き遍路の姿が見えた。
彼は笠をかぶり、その上から透明のゴミ袋をまとい、開けた穴から顔だけを出して歩いていた。
それは、まるで葛飾北斎の版画に描かれた雨の一場面を切り取ったかのような光景だった。

その姿を見た瞬間、言葉にできない感情が走った。

「あの人は自然と一体化している」

雨に抗うのではなく、ただその状況を受け入れて歩いているように感じられた。
私も見習うべきだと思った。

そしてその十数分後、不思議なことに、頭の中からネガティブな感情がすっと消えていた。
頭の中は、雨の「ざーざー」という音と、杖を突く音だけ。
思わず、目をかっと見開く。

さっきまで感じていたネガティブな感情は消え、むしろその環境が心地よくさえ感じられる。
頬の表情筋のこわばりも、ほぐれていくことが分かった。
顎に滴る雨の雫を感じながら、ただ淡々と歩く。それだけになっていた。

あのとき見かけたお遍路さんが、ヒントを教えてくれたのかもしれない。
遍路では、不思議な体験をしたという話をよく耳にする。
私自身も小さな体験ではあるが、これまでに感じたことのない感覚に入り込んだ瞬間があった。
そんなひとときだった。

8時50分:18番 恩山寺に到着

恩山寺は標高約80mに位置しており、寺の直前で急な斜面を登ることになる。
こうした短く急な坂は、遍路道のあちこちに点在している。その一つひとつが地味にきつい。
「また坂か」――思わず心の中でつぶやいてしまった。

予定より遅れての到着となった。激しい雨と足の痛みで、思うようにペースが上がらない。

無理は禁物だと自分に言い聞かせるが、このペースで今日の目標である太龍寺までたどり着けるのか、不安がよぎる。
少し厳しくなってきた。

18番恩山寺境内

恩山寺の歴史

恩山寺は、「密厳寺」と称し、女人禁制の修行道場であった。本尊は薬師如来で、災厄除けの信仰を集めていた。

のちに弘法大師が修行中、生母・玉依御前が訪ねてくるが、女人禁制のため入山できず、大師は滝に打たれて祈願し女人解禁を成就。母を迎え入れたと伝えられる。その後、母は出家し、大師はその恩に報いる意味で寺名を「母養山恩山寺」と改め、自像を安置した。


見どころ

  • 玉依御前の剃髪所
  • 弘法大師像
  • 源義経上陸の地の石碑

母への孝養の物語が伝わる、四国霊場の中でも特に人情味あふれる寺院である。

18番恩山寺から19番立江寺までのルート

恩山寺から立江寺までは約4km。道しるべに沿って南下していく。

本来なら平坦で歩きやすい道のはずだが、雨と風が激しさを増し、まるで台風のような状況になってきた。

道中で見つけたコンテナ型の休憩所に入り、しばらく雨宿りすることにした。

雨の休憩所で立ち止まる:進むか止まるか、迷いの時間

立江寺へ向かう途中の休憩所で雨宿り

時刻は10時20分。ずぶ濡れになった体をタオルで拭き、ようやく少し落ち着く。
休憩所の土間には、水で濡れた跡が残っており、お遍路さんが立ち寄ったことが分かる。

道中のコンビニで買った菓子パンをかじりながら、地図を広げて計画を練り直す。
今日の山越えは厳しいかもしれない。麓で一泊すべきか、それともここで打ち止めにするべきか――選択が頭をよぎる。

ただ、今回の区切り打ちの最終目標である室戸岬までの距離を考えると、ここで足止めするのはあまりに厳しい。
悩んでいる間も、刻一刻と時間が過ぎる。

悩んだ末、「行けるところまで行こう」と再び歩き出すことにした。

ただ、このときは、これ以上状況が厳しくなるとはまだ知らなかった。

10時40分 立江寺に到着:雨の中の参拝

雨の中の参拝は、想像以上に辛かった。

濡れた手で納め札を扱うたびに、また水に濡れる。
軒下にいても雨と風が吹き込み、体はじわじわと濡れていった。

ウエストポーチを開け、ろうそくやライターを探す。
その動作さえ、焦りから煩わしく感じる。

落ち着け。

そう自分に言い聞かせた。

19番 立江寺|傘をさす参拝客が数名

立江寺の歴史

立江寺は高野山真言宗の別格本山で、「四国の総関所」「阿波の関所」として知られる重要な札所である。

弘仁6年(815年)、弘法大師が訪れ、本尊を守るため新たに大きな延命地蔵像を彫造し、その胎内に元の本尊を納めたとされる。このとき寺名を「立江寺」と改めた。


見どころ

  • 肉付き鐘の緒の黒髪堂
  • 白鷺橋
  • 本堂・観音堂の絵天井

厳しい「関所寺」としての側面と、安産祈願の信仰を併せ持つ寺院である。

19番立江寺の宿坊:設備・利用条件まとめ

19番札所・立江寺の宿坊は、四国遍路の中でも比較的大きめの宿坊です。

客室数は最大で約200名ほどの受け入れが可能とされています。基本的には相部屋または和室利用で、遍路シーズンには他の巡礼者と同宿になることもあります。

夕方17時から本堂でお勤め(勤行)があり、宿泊者は参加可能です。食事付きプランもあり、遍路宿としては設備・収容力ともに整った施設です。

一方で、チェックインは13時〜17時のため、到着時間には注意が必要です。

19番立江寺から20番鶴林寺までのルート

立江寺から鶴林寺までは約13kmの行程。

まずは南西へ進み、勝浦川に出る。そこから川沿いを約4km歩くと遍路道の入口が現れ、そこから約500mの山道を登るルートとなる。

山道に入る前には、道の駅「ひなの里かつうら」がある。食料の補給やトイレはここで済ませておくと安心だ。

進む理由:室戸岬を目指す気持ち

道中で見かけた休憩所には、たくさんの靴と金剛杖が並んでいた。

時刻は14時30分。
みんな休んでいる。今日の鶴林寺は断念したのだろう。

俺も休もうか――そんな考えが一瞬よぎる。

いや、まだ歩ける。私はその横を通り過ぎ、先を目指した。

いよいよ鶴林寺への山道に入る。

土砂降りの雨の中、山を見上げると、ふとよぎることがある。
土砂崩れに巻き込まれないだろうか――。

毎年、雨の多い季節には、日本のどこかで必ず土砂崩れのニュースを目にする。
それが、もし自分の身に起きたら。

不安が頭をかすめる。
だが、その不安を振り払い、私は山へと入っていった。

昨日からの雨の影響で、道は小川のように水が流れ、場所によっては滝のようになっているところもあった。

トレッキングシューズを履いているとはいえ、気を抜けば滑りかねない。足元に注意しながら、一歩ずつ慎重に登っていく。

例によって、土の道は足への負担が少なく助かる。

雨の鶴林寺山道|霧かかってきた

山を登っていくと、霧が立ち込めてきた。視界も次第に悪くなっていく。
道しるべの看板を見落とさないよう、細心の注意を払った。

やがて開けた場所に出る。本来なら麓の町並みを見下ろせるはずだが、霧に包まれ、何も見えなかった。

鶴林寺山道|霧で麓の町並みは見えない

土砂降りの雨で、腰を下ろして休むこともできない。時々立ち止まっては、また歩き出す。そんなことを繰り返しながら、少しずつ登っていった。

道中には石畳の道もある。足を取られるリスクは減るが、濡れていると滑りやすく、注意が必要だ。

雨の鶴林寺山道|石畳

15時30分:鶴林寺に到着

降り続ける雨の中。参拝客は私一人だった。

雨の鶴林寺山門とレインコートを着た私

鶴林寺の歴史

鶴林寺は標高470mの山頂にある霊場で、弘法大師が開創したと伝えられる。修行中、大師は白鶴が黄金の地蔵を守る姿を見て感銘を受け、霊木で地蔵菩薩像を彫り、その胎内に黄金の地蔵を納めて本尊とし、「鶴林寺」と名付けた。


見どころ

  • 波切り地蔵
  • 丁石(室町時代):遍路道に11基現存
  • 三重塔(県指定重要文化財)

自然豊かな山中にあり、「お鶴さん」と親しまれる静寂な霊場である。

宿はない。下るしかない

今日の歩行距離は約26km。朝5時30分に出発し、10時間近く雨に打たれ続けながら歩いてきた。
さらに標高差約500mの山も登ってきた。

参拝を終えた瞬間、張り詰めていた緊張がほどけ、疲労が一気に押し寄せる。

さて、ここからどうするか。

納経所で、だめもとで尋ねてみた。
「宿坊はやっていますか?」

「やっていません。麓に宿が数軒ありますので、タクシーを呼びましょうか?」

その言葉で、覚悟が決まった。

――降りるしかない。

「ありがとうございます」

礼を伝え、納経帳を受け取る。

鶴林寺から太龍寺へ向かうには、まず那賀川の谷まで約450mを下る必要がある。
その谷間には野宿できそうな場所がいくつかあるが、豪雨をしのげるかは分からない。

それでも、今はそこへ行くしかない。
このときの私は、そう判断していた。
雨具を身につけ、菅笠の紐をきつく結び、出発の準備を整えた。

大井休憩所を目指す:雨の中の野宿

雨の山道で限界突破:歩き遍路で起きた“ゾーン状態”とは

雨の山道の下りは、特に危険が伴う。
滑らないよう、細心の注意を払う。
山頂で一度緊張が途切れたものの、再び気持ちを引き締め直す。

所々、小川のようになった石段が続く。一刻も早く、安全な場所へ出なければならない。

人は窮地に追い込まれると、リミッターが外れることがあるというが、このときの私はまさにそれに近かった。

これまでにない集中状態に入り、山の複雑な斜面でも、どこに足を置き、どこに杖を突けばいいかが瞬時に分かった。

本来なら滑りやすく、慎重に下るべき急斜面。
それでも、何かに突き動かされるように次々と足が前へ出た。
今日一日歩いたはずなのに、疲労はほとんど感じなかった。

自分でも説明できない感覚のまま、驚くほどのスピードで山を下り、気づけば那賀川の谷間に到着していた。

後ろを振り返ると、先ほどまで自分がいた山が、霧の中に高くそびえ立っていた。
押さえきれない興奮を胸にしまいながら、雨の中でしばらくその山を見つめていた。

鶴林寺を下った地点|雨の中、霧かかった山々

17時:大井休憩所に到着

大井休憩所は、大きな屋根のある東屋だった。近くにトイレもあり、野宿は問題なくできる。
ただし、椅子や固定されたテーブルが設置されているため、テントを張るなら隅のスペースになる。

一気に山を下ってきた反動で、全身から力が抜けた。
もう動けない。今日はここで野宿するしかない。

レインコートを脱ぐと、その下の白装束や下着まで完全に濡れていた。
靴下を脱ぐと、足はふやけ、水ぶくれとしわの区別もつかないほど真っ白になっていた。

明るいうちに、明日の計画を立てる。
鞄から地図を取り出すと、一部が雨で濡れていた。破れないよう、そっと扱う。
明日は、朝一番で標高約520mの太龍寺を目指すことになる。
体力を回復させなければならない。

そう思いながら、太龍寺の方へ目を向ける。雨は変わらず降り続いていた。

大井休憩所|固定されたテーブルや椅子が置いてあり、テントを張るスペースはあまりない

食料不足の夜:飴ひとつで感じたありがたさ

しばらくして落ち着いてくると、急に腹が減ってきた。

そこで、はっと気づく。食料がほとんど残っていない。
道中、コンビニは見かけていたが、焦りからか買いそびれてしまっていた。

当然、周りに飲食店やコンビニはない。
明日は朝一で標高約520mの山を越えなければならないのに、エネルギーが足りるだろうか。

鞄を探ると、道中でお接待としていただいた飴やチョコレートがいくつか出てきた。
今夜の食事は、それでしのぐしかない。
口に入れた飴は、いつにも増しておいしく感じた。

頬張りながら、いただいたときの人や状況が自然と思い浮かぶ。
「ありがとうございます」
心の中で、自然と感謝の言葉が浮かんだ。

さらに、焼山寺で買った缶入りのカロリーメイトも見つかった。
これは明日の太龍寺で、ここぞというときのために取っておくことにした。

真夜中のサイレン──動けない山の中で

真っ暗闇の中、突然、山にサイレンが鳴り響き、飛び起きた。
「何ごとだ」
時計を見ると、23時頃だった。

おそらく豪雨によるダム放水のサイレンではないかと思われた。
ここにいて大丈夫なのか――そんな不安がよぎる。しかし、どこへ避難すればいいのか分からない。
この状況で歩いて移動するのも、かえって危険だ。

正解は分からなかった。
目を閉じ、とにかく疲労回復に備えるしかなかった。

まとめ

歩き遍路5日目は、これまでで最も過酷な1日となりました。

・雨の中での長距離歩行(約30km)
・遍路ころがし(鶴林寺〜太龍寺)の難所
・食料不足での野宿

特に雨天時の遍路は、体力だけでなく判断力も大きく問われます。

一方で、極限状態の中でしか得られない気づきや感覚があるのも事実です。

これから歩き遍路に挑戦する方は、
無理をせず、安全を最優先に計画を立てることを強くおすすめします。

よくあるFAQ

Q
雨が強い日は歩くのは止めるべきですか?
A

はい。安全を最優先に考え、無理は避けましょう。

強い雨の日は、視界不良や滑落、土砂崩れのリスクが高まります。状況に応じて、休憩所や宿で待機する判断も重要です。

Q
山の中でサイレンが鳴りました。なんですか?
A

ダムの放水や避難勧告を知らせるサイレンの可能性があります。

状況によって意味が異なるため、周囲の様子を確認し、地元の方や施設の指示があれば必ず従いましょう。

Written by
tak

こんにちは。「たか」です。
当サイトを運営しています。

私はこれまで、四国八十八ヶ所お遍路を歩きで順打ち・逆打ちあわせて2周しています。
いずれも区切り打ちで、春・夏・秋・冬と、すべての季節を実際に歩いて経験しました。

このサイトでは、これから歩き遍路に挑戦したい方に向けて、ルート・装備・体力面・注意点などを、実体験ベースで分かりやすく解説しています。

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