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歩き遍路14日目

歩き遍路 14日目 歩き遍路の記録

8月8日、約2か月ぶりに歩き遍路を再開。34番種間寺から35番清瀧寺、塚地峠を越えて36番青龍寺まで約24kmを歩いた。台風が接近するなか、雨に打たれながらの厳しい道のりだったが、無事に予定の3寺を参拝。夜は国民宿舎土佐に宿泊し、出会ったお遍路さんたちと不思議な体験談で盛り上がった。

行程表

8月8日 雨
  • 7:30
    34番 種間寺
  • 11:15
    35番 清瀧寺
    1. 塚地峠
    2. 宇佐大橋
  • 16:30
    36番 青龍寺
  • 17:30
    国民宿舎 土佐

    宿泊

歩き遍路 14日目

3回目の区切り打ちがスタート

8月8日。今日から3回目の区切り打ちが始まる。

前回は6月2日に34番種間寺を参拝して終了したため、約2か月ぶりのお遍路だ。夜行バスで早朝に高知へ到着し、そこからタクシーで種間寺に向かった。

到着したのは7時30分。運転手さんは、運賃の端数をお接待としてサービスしてくれた。旅の始まりから、ありがたい心遣いをいただいた。

実は、天気予報では太平洋沖に大型の台風が発生しており、明日の夜には高知県に上陸する予報が出ていた。日程を変更することも考えたが、全体のスケジュールを考えて予定どおり歩くことにした。

空は濃い灰色の雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうな天候だった。種間寺の大師堂で、改めてお遍路の再開と今回の旅の無事を祈願する。

今回の区切り打ちは、8月16日までの9日間を予定している。計画どおりに進めば、40番観自在寺を越え、愛媛県の宇和島まで歩くつもりだ。

34番種間寺
34番種間寺

34番種間寺から35番清瀧寺へ

種間寺から35番清瀧寺までは約10kmの道のりだ。

西へ4kmほど進むと、高知市と土佐市の境を流れる仁淀川に差しかかる。川を渡り、国道56号線に出た頃には、雨が本降りになっていた。

たまらずバックパックからポンチョ型のレインコートを取り出し、荷物にも防水カバーをかける。

仁淀川を渡って1時間ほど歩くと、高知自動車道が見えてきた。高架を北側へくぐると、今度は用水路沿いの狭い道を登っていく。

35番清瀧寺は、標高約140mの山中にある。距離は短いものの、最後に一気に登るため、なかなかきつい上り坂だ。

雨は降ったり止んだりを繰り返し、時には激しい雨粒が辺りを打ちつける。台風が近づくなか、歩き遍路には厳しい天候だった。

35番清瀧寺を参拝

11時過ぎ、ようやく清瀧寺に到着した。

境内には屋根付きの休憩場所があり、雨宿りを兼ねて少し休憩する。ところが、雨はさらに激しくなり、屋根から滝のように流れ落ちていた。

濡れた手足をタオルで拭き、身支度を整えてから参拝を済ませた。

35番清瀧寺

35番清瀧寺から塚地峠を越えて青龍寺へ

次の目的地は36番青龍寺。清瀧寺から南へ約14kmの道のりだ。

来た道を下り、高岡町の市街地を南へ4kmほど進むと、県道39号線に出る。ここから先は、2つのルートに分かれる。

ひとつは、昔ながらの遍路道である塚地峠越え。もうひとつは、トンネルを通る県道ルートだ。県道ルートは峠越えがないため、体力に不安がある場合はこちらを選ぶのもよい。

私は、昔ながらの遍路道である塚地峠を越えることにした。

塚地峠休憩所

峠道の入口には小さな休憩所があり、目印になる。近くにトイレもあるので便利だ。バックパックを下ろしてひと休みし、峠越えに備えて軽食を取った。

すでに半日近く雨の中を歩いていたため、レインコートの下に着ていた白装束まで、すっかり濡れてしまっていた。

塚地峠休憩所

塚地峠は、標高約200mを越える昔ながらの遍路道だ。道中には岩を削って刻まれた仏像もあり、古くから続く遍路道の歴史を感じさせる。

峠からは宇佐湾を一望できた。遍路道はよく整備されており、雨で足元が悪いなかでも、特に問題なく歩くことができた。

峠を越えると、宇佐湾に面した宇佐町に出る。

青龍寺から先はコンビニや飲食店が少なくなるため、食料や必要な物があれば、このあたりで調達しておくと安心だ。

宇佐湾に架かる宇佐大橋を渡る。大きな橋で歩道も広いが、欄干が低めだったため、念のため歩道の中央を歩くようにした。

宇佐大橋を渡ってから、さらに30分ほど歩き、16時30分に青龍寺へ到着した。

36番青龍寺の長い石段と波切不動明王

青龍寺でまず目を引くのが、境内へと続く長い石段だ。約170段ある石段は、大相撲の第68代横綱・朝青龍が高校時代に足腰を鍛えた場所としても知られている。しこ名の「朝青龍」も、この青龍寺に由来するといわれている。

苔むした石段には歴史と風情が感じられ、雨に濡れた姿もまた印象的だった。

青龍寺の御本尊は、波切不動明王。

弘法大師が唐から日本へ帰る途中、海上で嵐に遭った際、不動明王が現れて荒波を鎮めたという伝承に由来する。こうした由緒から、波切不動明王として信仰されている。

海に近い土地柄もあり、地元の人々からは海上安全や豊漁の守り仏として大切にされてきた。海との深いつながりを感じさせる寺院だった。

雨のなか、無事に参拝を終えることができた。

36番青龍寺の長い石段
36番青龍寺

国民宿舎土佐に宿泊

参拝を終え、次は今日の宿探しだ。

台風が近づいていることもあり、今回は野宿を避けて宿に泊まることにした。予定どおり青龍寺まで歩くことができたので、地図で近くの宿を探す。国民宿舎土佐に電話すると、無事に予約が取れた。

17時過ぎ、国民宿舎土佐に到着。青龍寺からすぐ近くだったので助かった。

※国民宿舎土佐は現在閉館しており、別の事業者によってホテルが運営されている。宿泊を検討する際は、最新の営業情報を確認しておきたい。

国民宿舎土佐

雨具を片付け、部屋に荷物を置くと、すぐに大浴場へ向かった。

夏とはいえ、一日中雨のなかを歩き続け、白装束までずぶ濡れになっていたため、体はすっかり冷え切っていた。湯船にゆっくり浸かると、ようやく体が温まってきた。

宿で出会ったお遍路さんとの不思議な体験談

その後、ロビーでくつろいでいると、3人ほどの男性から声をかけられた。

「あなた、歩きお遍路さんだよね?」

入口で白装束姿を見かけたらしい。話を聞くと、彼らもお遍路さんで、このホテルに宿泊しているとのことだった。

すぐに意気投合し、お互いの遍路体験について話が弾んだ。

特に印象に残ったのは、道中で経験した不思議な出来事についての話だ。

私自身、これまで歩いてきたなかで、単なる偶然とは思えないような体験をいくつかしてきた。まさに「同行二人」を感じる瞬間だったが、ほかのお遍路さんも同じような経験をしているようだった。

発心の道場と呼ばれる徳島県の遍路道では、まだあまり意識していなかったテーマだ。こうした話を自然に語り合えるようになったことに、自分も少しずつお遍路の世界を深く歩んできたのだと感じた。

気がつけば、すっかり話し込んで外は真っ暗になっていた。

ふと窓の外を見ると、木々が激しく揺れ、大粒の雨が窓を打ちつけている。台風が確実に近づいていることが伝わってきた。

「明日はどうする?」

そう尋ねると、彼らは連泊することにしたという。

私は「歩きます」と答えた。

明日は台風の影響がさらに強まりそうだ。果たして予定どおり歩き続けることができるのだろうか。

3回目の区切り打ちは、初日から波乱の幕開けとなった。

寺情報

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