8月10日、台風一過の安和を出発し、久礼、七子峠を越えて37番岩本寺まで歩いた。前日の台風の爪痕が残るなか、地元の方からのお接待を受け、無事に岩本寺を参拝。さらに土佐佐賀温泉まで歩き、温泉と遍路小屋で疲れを癒やした。そこで偶然出会ったお遍路さんとの会話も、心に残る一日となった。
行程表
- 7:00出発
- 安和
- 久礼
- 七子峠
- 道の駅窪川
- 15:0037番 岩本寺
- 拳ノ川休憩所
- 18:15土佐佐賀温泉
野宿

台風一過の朝、安和を出発
8月10日、くもり。6時前に目が覚めた。
昨日は大型台風の接近により、急きょ安和の直売所の軒下で野宿することになった。夜中にこの地域へ上陸した台風は、すでに四国を通過し、風も雨も止んでいた。
テントの外から、ガラガラとシャッターを開ける音が聞こえてくる。テントから顔を出すと、直売所の従業員らしき中年の女性が「主が起きた」とぽつり。
昨晩、野宿させてもらったことへのお礼を伝えた。

前夜は大変な目に遭ったが、なんとか無事に朝を迎えることができた。周囲を見渡すと、枝や葉っぱがあちこちに散乱している。台風の爪痕が、昨夜の激しさを物語っていた。
ふと足元の花壇に目をやると、小さな花が凛と咲いていた。葉や花びらに残った雨粒が、朝日に照らされてキラキラと輝いている。
「君も、あの台風を耐え抜いたのか」
一見すると、か弱そうな小さな花。人の手で簡単に摘み取られてしまいそうな存在だ。しかし、人間が耐えられないほどの自然の猛威を、小さな根でじっと耐え抜いたのだと思うと、人間の弱さを思い知らされた。
周囲の森に目を向けると、森の中でじっと耐えた野生動物や、葉の裏に必死にしがみついていた昆虫の姿まで想像された。
自然への敬意と畏怖。そんな感情が湧き上がったことを、今でも鮮明に覚えている。
しばらくすると、直売所の女性から「朝食を準備するから食べていきなさい」と声をかけていただいた。サンドイッチのお接待まで頂戴し、感謝の気持ちを伝えた。
午前7時過ぎ、安和を出発した。
安和から久礼、七子峠へ
36番青龍寺から37番岩本寺までは約58kmの長距離区間。安和はそのほぼ中間地点にあたる。今日中に岩本寺まで到着することは十分可能だ。
安和から岩本寺までのルートはいくつかある。
最も分かりやすいのは、国道56号線を進むルートだ。峠道もトンネルを通ることで、体力を温存できる。一方、昔ながらの遍路道を歩きたい場合は、焼坂遍路道や大坂遍路道を選ぶこともできる。
私が歩いた当時は、古い遍路道の案内板が分かりにくかったこともあり、国道56号線を進むルートを選んだ。
安和を出発して約1時間30分、久礼の市街地に到着した。コンビニや飲食店もあり、活気のある町だ。
七子峠を通る
久礼の市街地を抜けると、すぐに七子峠への上り坂が始まる。
標高約300mの七子峠は、長い上り坂が続く、この区間の難所だ。急勾配ではないものの、じわじわと足腰に負担がかかる。
ようやく峠を登り切ると、展望エリアが現れた。遠くには太平洋が広がり、自分がどれほど高い場所まで登ってきたのかがよく分かる。
展望エリアには自動販売機やトイレもあり、峠を登り終えた後の休憩にはちょうどよい場所だった。


七子峠を越えて窪川へ
七子峠を越えたものの、岩本寺まではまだ約16kmもある。
土佐湾から10kmほど内陸に入ったこの地域は、周囲を山に囲まれた静かな道が続く。国道56号線を南へ進むと、時折、小川のせせらぎが聞こえてくる。のどかな山間の風景が広がっていた。
昨日は台風の影響で歩く距離が短かったこともあり、足の調子は良かった。大きな休憩を取ることなく歩き続け、15時前には岩本寺のある窪川に到着した。
道の駅窪川
岩本寺の手前にある道の駅窪川は、多くの観光客で賑わっていた。国道56号線沿いにあり、軽食なども利用できる便利な施設だ。時間に余裕があれば、立ち寄ってみたいスポットである。
台風の爪痕と地元の方からのお接待
岩本寺の門前通りを歩いていると、思いがけない光景が目に入った。
昨日の台風の影響だろうか。近くの川が増水し、住民の方々が濡れた家財道具を運び出したり、流れ込んだ泥をかき出したりしていた。
その光景を目にした瞬間、急に現実へ引き戻されたような気がした。
地元の方々は、台風による被害で大変な思いをしている。一方、私は休暇を利用して、お遍路を歩かせてもらっている。そのことを考えると、何とも複雑な気持ちになった。
そんなとき、地元の高齢の女性から声をかけられた。
「お大師様、見つけた」
そう言って、500円のお接待をいただいた。
私は感謝を伝え、ありがたく受け取った。
これは私個人へのお接待ではない。同行二人、つまり一緒に歩いてくださっている弘法大師へのお接待なのだ。
決して自分一人で歩いているわけではない。地域の方々の思いも背負って、次のお寺へ向かわなければならない。
そんな認識を改めて強くした出来事だった。
37番岩本寺を参拝
岩本寺は、四国八十八ヶ所の中でも特に印象に残るお寺のひとつだ。
まず目を引くのが、本堂の天井を埋め尽くす色鮮やかな天井絵。全部で575枚もの絵が並び、マリリン・モンローや聖母を描いた作品など、題材も実にさまざまだ。
これは、人種や宗教の違いを超えて、多くの人に参拝してもらいたいという思いから、あえて画題を限定せずに集められたものだという。
もうひとつの特徴は、御本尊が5体いらっしゃることだ。
- 不動明王
- 観世音菩薩
- 阿弥陀如来
- 薬師如来
- 地蔵菩薩
本堂では、それぞれの御本尊のご真言を3回ずつ、合計15回唱えた。5体もの御本尊にお参りできるのは、何ともありがたい。
また、岩本寺には宿坊があり、お遍路さんの宿泊先としても便利だ。現在はサウナも利用できるなど、お遍路さん以外にも人気があるようだ。

土佐佐賀温泉を目指して
時刻は15時過ぎ。参拝を終え、地図を広げて今日の目的地を考える。
昨日の台風でずぶ濡れになり、今日も一日歩いて汗をかいた。さすがに、そろそろ風呂に入りたい。
有力候補は、岩本寺から約10km先にある土佐佐賀温泉だ。敷地内には遍路小屋があり、野宿ができることを事前に知っていた。
今日の目的地は土佐佐賀温泉に決まった。
岩本寺を後にすると、長い下り坂が続く。七子峠で登ってきた分を、今度は一気に下っていく道だ。
周囲は深い山に囲まれている。17時を過ぎると、少しずつ辺りが薄暗くなってきた。日が暮れる前には到着したい。焦る気持ちを抑えながら、一定のペースで歩き続けた。
17時30分、拳ノ川休憩所に到着
朝から歩き続け、今日も40km近い距離を歩いている。さすがに疲れが出てきたため、休憩所を見つけて思わず足を止めた。
地図を確認すると、土佐佐賀温泉まではもう少しだ。
「あと少し。頑張ろう」

土佐佐賀温泉で出会ったお遍路さん
18時15分、土佐佐賀温泉に到着した。
日没前にたどり着くことができ、ほっと一安心。土佐佐賀温泉は日帰り入浴ができる施設で、手頃な料金で利用できる。温泉のほか、別料金でレストランや宿泊施設も利用できる。
さらに、敷地内には遍路小屋まで設けられている。歩き遍路にとっては、本当にありがたい施設だ。

さっそく温泉で汗を流し、レストランで夕食を済ませた。
辺りはすっかり暗くなっていた。食事を終えて遍路小屋へ向かうと、すでに先客が一人いた。私より少し若そうな青年だった。
「お遍路さんですよね?」
どうやら、施設内で私の姿を見かけていたらしい。遍路小屋は2人で利用できる広さだったので、一緒に泊まらせてもらうことにした。
青年とは、昨晩の台風の話で盛り上がった。
私が台風で身動きが取れなくなり、安和で野宿したことを話すと、彼も同じように野宿していたという。
お互いに、あの過酷な状況を乗り越えたことを称え合うような、何とも不思議な連帯感が生まれた。
さらに驚いたことに、彼は一昨日、国民宿舎土佐で一緒になったお遍路さんとも面識があった。
彼らは同じ時期に通し打ちを始めたらしく、道中で寄り道をしながら、何度も顔を合わせているという。
いわば、お遍路の同期のような存在だ。
歩き遍路を続けていると、こうして人と人とのつながりが自然に生まれてくる。昨日の台風という過酷な出来事も、今日の出会いにつながったのかもしれない。
今日もまた、忘れられない一日になった。





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