歩き遍路11日目は、奈半利から27番神峯寺を参拝し、安芸市街地や赤野休憩所を通って道の駅やすまで歩いた。神峯寺の急な上りや高低差の激しい境内、道中で出会った萩森さんとの交流など、印象に残る一日となった。
行程表
- 5:30出発
- 奈半利
- 神峯寺 登山道
- 8:3027番 神峯寺
- 安芸市街地
- 赤野休憩所
- 善根宿: 萩森
- 17:00道の駅やす
野宿

歩き遍路11日目の朝
5月31日、晴れ。
区切り打ち2回目の2日目。全体では11日目となる。
今日は、土佐の「遍路ころがし」として知られる27番神峯寺を目指す。神峯寺は標高約450mの山中にあり、札所へ向かう道の急な上り坂が厳しいことで知られている。
前日の10日目は、室戸から奈半利まで歩いて野宿した。今日は早朝から神峯寺へ向かい、その後はできるだけ距離を稼いで、道の駅やすを目指す予定だ。
5時30分、奈半利を出発
早朝の歩きやすい時間帯に距離を稼ぎたかったので、5時前に起床した。
前回の遍路から約1か月空いていたため、まだ体が歩きに慣れていない。起きたときから体全体にだるさがあり、疲労も感じる。
軽く体操をして体をほぐしてから出発の準備をした。
5時30分。
奈半利を出発した。
奈半利から北へ向かって1時間ほど歩くと、鉄道の高架が見えてきた。神峯寺を示す看板に従い、高架を右へくぐると、ここから坂道が始まった。
それまでの海沿いの景色が一気に山へと変わっていく。
狭い車道が山の中へ続いている。
早朝に歩き始めて正解だった。狭い車道は日陰が多く、日差しもまだ弱いため、比較的涼しく歩くことができた。
神峯寺の遍路道は急な上りが続く
坂道を登っていると、お地蔵様と遍路道を示す看板を見つけた。
どうやら曲がりくねった車道をショートカットできる歩き道らしい。
距離は短くなるものの、その分、勾配はきつくなる。
急な階段を、杖に体重を預けながら少しずつ登っていった。
しばらく登ったところで、小さな東屋を発見。腰を掛けて少し休憩した。
周辺には芝生が整備され、トイレもあった。遅い時間帯に歩いていたら、ここで野宿することもできそうだと思った。
神峯寺駐車場から境内までの上り道
さらに登っていくと、神峯寺の駐車場に到着した。
「やっと着いたぞ」
そう思ったのも束の間だった。
駐車場から神峯寺の境内までは、まだ上りが続いている。
最後の坂道を登りきり、ようやく境内に到着した。時刻は8時30分ごろだった。

神峯寺の駐車場にあるレストラン
神峯寺の駐車場には、軽食を食べられるレストランがあった。営業時間は8時30分から17時まで。参拝前後に食事や休憩を取ることもできる。
27番神峯寺を参拝|山深い境内と神峯の水
神峯寺は山深い場所にあり、山寺と呼ぶにふさわしいたたずまいだった。
境内から本堂まではさらに階段を登る。神峯寺の境内も高低差が激しく、険しい山の斜面に本堂や大師堂などが建てられている。山深い場所に築かれた境内からは、山岳霊場の一端を垣間見ることができた。

神峯の水
更に、境内には「神峯の水」と呼ばれる石清水がある。
苔むした岩の間から流れ出る水はとてもきれいで、小さな池には色とりどりの鯉が泳いでいた。
手を洗ってみると、水がとても冷たい。
急な上り道を歩いて体温が上がっていたこともあり、冷たい水がとても気持ちよかった。
ここまでの疲れが少し和らいだ気がした。
岩崎弥太郎の母親と神峯寺
地元の方から聞いた話では、神峯寺は三菱財閥の創始者として知られる岩崎弥太郎の母親が、何度も参拝に訪れたことで知られているという。
岩崎弥太郎の生家は、神峯寺から北へ約10km離れた安芸市にある。
弥太郎の成功の裏には、こうした母親の信仰もあったのかもしれない。
札所を訪れると、寺そのものだけでなく、地元の方から聞くこうした話も楽しみの一つだ。
神峯寺から安芸市街地へ
神峯寺の参拝を終え、次は28番大日寺方面を目指す。
大日寺までは約38kmある長距離区間だ。
もちろん今日中に参拝することはできない。
そこで、できるだけ距離を稼ぐため、大日寺からほどよく近く、野宿の場所として利用できそうだった道の駅やすを目指すことにした。
夜須まではここから約30km。
神峯寺までの上りを終えた時点でも、気力と体力はまだ十分に残っていた。
神峯寺からの下りは、当然ながら上りより楽だった。
ただし、下りは足や膝に負担がかかる。
杖をうまく使いながら、ペースを落として慎重に下っていった。
山を下りると、再び土佐湾の海岸沿いの道が始まった。
海岸沿いの暑さと菅笠のありがたさ
時刻は12時前。
海沿いの道でベンチを見つけたので、ここで休憩することにした。
道中で買っておいたおにぎりを取り出して、ほおばる。
しかし、海岸沿いの道には日差しを遮るものがほとんどない。
午前中から気温はぐんぐん上がり、かなり暑くなってきた。
こんなときに助かったのが菅笠だった。
広い範囲の日差しを遮ってくれるので、炎天下を歩く際にはかなりありがたい。
山の中では涼しかったが、海岸に出ると一気に暑さを感じる。
同じ一日の中でも、歩く場所によって環境が大きく変わる。

安芸市街地を通り、自転車専用道路へ
昼過ぎ、安芸市街地に入った。
安芸市は高知市の東に位置する町で、スーパーや飲食店、宿泊施設などもある。長距離を歩くお遍路さんにとっては、食料や必要なものを補給しやすい場所だ。
安芸市街地を抜けると、海の近くに自転車専用道路がある。
約1kmほど、遮るもののない真っすぐな道が続いているのが印象的だった。
国道55号線の狭い歩道を歩くよりも安全に感じたので、歩き遍路にもありがたい道だった。

赤野休憩所でアイスクリン
14時30分ごろ、赤野休憩所で休憩した。
この時間帯は日差しがかなり強い。
日陰に入ってバックパックを下ろし、しばらく休憩する。
赤野休憩所は、国道55号線沿いにある洋風の建物が印象的で、土佐湾を見渡せる展望もよかった。
駐車場には高知のご当地グルメとして知られるアイスクリンの移動販売があったので、1つ購入した。
素朴な味のアイスクリン。
暑い中を歩いてきた体に、冷たさが染み渡る。
歩き遍路の途中で食べるアイスは、普段の生活で食べるものとは少し違って感じる。
疲れた体へのご褒美のようなものだった。


萩森さんとの出会い
赤野休憩所を過ぎたら、海岸沿いの遍路道を歩くことにした。
防砂林の松林の中を通る道で、国道よりも歩きやすい。
木々が日差しを遮ってくれるので、暑い時間帯にはありがたい道だった。
西分駅の近くまで来たところで、高齢の男性に声をかけられた。
男性は萩森さんだった。
各地の休憩所などで、歩き遍路に便利な情報をまとめた「萩森リスト」が配られていて、私も道中で手に入れていた。
萩森さんは、西分駅の近くで善根宿を営んでいた方だった。
現在は、善根宿はやっていないようなので注意が必要だ。
昔の豪傑を思わせるような雰囲気で、一見すると荒々しい。
しかし、少し話をしていると、根の優しさが伝わってくる方だった。
しばらく話をしていると、
「ここで泊まっていけ」
と声をかけてくれた。
ありがたい申し出だったが、今回の区切り打ちは日程が詰まっている。
まだ先まで歩かなければならなかったため、泊まることは断った。
すると「困ったことがあれば連絡をくれ」と連絡先をいただいた。
丁重にお礼を言い、萩森さんと別れて先を目指した。
旅先で地元の方から声をかけてもらう。
こうした出会いも、歩き遍路の魅力の一つだと思う。
17時、道の駅やすに到着
17時ごろ、道の駅やすに到着した。
日も傾き始め、日陰に入るとだいぶ過ごしやすくなっていた。
道の駅では軽食や弁当などを購入できたので、今日の夕食と翌朝の朝食を調達しておいた。
施設の裏手には海水浴場があり、芝生のエリアも整備されていた。
訪れた当時は海水浴客はいなかったものの、ビーチで遊んでいるグループが十数人ほどいて、周辺は賑わっていた。
施設にはコインシャワーもあり、利用すると汗を流してさっぱりすることができた。
朝から神峯寺の急な上りを越え、その後も安芸市街地、赤野休憩所、海岸沿いの遍路道を歩き続けた。
この日はかなりの距離を歩いたが、前回の遍路で痛めた足への対策が効いているように感じた。
一日の終わり 土佐湾に沈む夕日
海に沈む夕日を眺めながら、今日歩いた道を思い返す。
神峯寺の急な上り、神峯の水、安芸の町、赤野で食べたアイスクリン、そして萩森さんとの出会い。
今日も印象深い一日になった。





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